北見農村新聞の歴史

 

北見地区農民連盟の組織的財産である「北見農村」新聞は、昭和21年12月1日に第1号が、北見地方農村対策委員会の機関紙として発行されたのが始まりである。「北見の農民は自分達の新聞を持つことになった」と高らかに謳い、その目的を「平和な、そ して文化の高い日本を再建するのには、なんといっても農民の文化が高まらねばならない。文化を高めるのには先ず、吾々の教養が高められねばならない。教養 の高い農民となるのには、何時も、生活、生産に必要な事を良く見、良く聞き、良く理解し、よく研究工夫することだ」とした。

そして、昭和22年2月29日、第3種郵便物の指定を 受け、同年3月農民団体協議会機関紙、23年12月協議会解散に伴い廃刊、24年1月地区農民同盟結成で復刊、35年9月21日号より、農民組織、中央会 支所、経済安定委員会(後に組合長会)の共同発刊となったが、42年5月21日号より、組合長会の機構改革によって、編集発行等、一切が農民連盟に移り機関紙となった。約60年に亘り発行されて来た「北見農村新聞」(写真右)は、組織活動の柱として位置付けられた。

また、平成16年に「情報伝達の在り方」等が検討され、平成17年3月より、機関紙「北見農村新聞」を従来の月3回から月1回発行に変更するとともに、情報の速報性等を考慮し、FAXを利用して「北見農村新聞・FAX通信」を各盟友宅に送付することを決めた。

そして、18年6月の執行委員会において、北見農村新聞の取り組みについて協議を行い、「北見農村新聞は18年6月21日号をもって発行を終了し、7月以降、道農村新聞に移行する」「今後は、北見農村新聞FAX情報、そして、ホームページを利用して、盟友への情報伝達を充実していく」ことにした。