北見地区農民連盟の活動内容

北海道オホーツク総合振興局管内の16市町村農民組織と地区農民連盟青年部で構成

(1)農民の意思を結集し、農民の権利を守るため活動する「如何なる立場からも、支配と拘束をうけない農民の自主的組織」。
(2)活動は、酪農対策委員会、水田・畑作・農産物・野菜対策委員会はじめその他(税・生産資材対策委員会、組織専門委員会等)、特別委員会で協議。各市町村組織代表者により構成する「執行委員会」において意思決定する。最高意思決定機関は2月の定期総会。
(3)各省庁はじめ道庁など各関係機関・団体に対して、生産現場の実態(声)を訴え、農業・農村対策の確立を求め、運動を展開している。また、各市町村組織においては、税対策はじめ地域の課題に、積極的に取り組んでいる。

 

北見地区農民連盟の歴史

農民運動は雑草の如く

北見地区農民連盟は、戦後の政治、経済の動きに呼応する形で幾多の変遷を経て、今日的な組織活動を展開し得る組織へと発展して来たが、その歴史的背景には、意志機関であるが故の経過を辿っている。

「声を出す事すら出来なかった」ことも、敗戦と同時に日本の封建的土壌を改革しようという志ある先輩は農民組織結成に向け努力を重ねていた。

北見地区は過去の類系に捉らわれず、組織体は町村から結成され、昭和21年11月、「北見地方農村対策委員会」を結成したのが始まりである。そして、自主性を求め、昭和22年3月22日、「政治的・経済的な要求は農民の団結と統一行動によって勝ち取らなければならない」として、「北見地方農民団体協議会」に再編し、発足したが、運動に分裂活動が持ち込まれたため、農民団体協議会も解散せざるを得なくなった。運動体が大衆組織である以上、大衆の置かれた現実を直視し共に行動し、半歩前進する前向きの姿勢を取るべきであるとして、昭和23年8月7日、北農北見支部で14ヶ町村同盟が「北見地区農民同盟」として、管内的に発足したのである。

北見地区農民同盟は、占領下の諸問題を重点として活動を展開、組織は拡大していったが、運動の哲学、理論が曖昧な中にあって、運動や選挙を通じ、組織の理論と個人の考え方に矛盾が出て、弱体化へ向かい、また、政治的解決を要する事も多くなる中にあって、管内農民戦線の再編論議が逐次行われ、昭和28年8月4日に「北見地区農民連盟」として発足した。

この綱領は、①農民の自主的組織を確立し政治・経済・文化の向上を期す。②農民の主体的立場を確立し、農村の民主化、農業の社会化の実現を期す。③全日本農民の大同団結に依り、新活動を通じて新農村を建設し、平和日本の確立を期す!という内容であった。

地区が加盟していた道農民同盟は昭和31年4月の参議院選挙で惨敗し、農民組織も分裂状態となった。これを契機に政党的権力に屈しても組織を維持しようとする者、中道をとる者、理想実現のため革新的方向を志向する者等が出て、昭和33年1月22日、再び「同盟」と改名したものの、34年の統一地方選挙、参議院選挙で推薦候補が落選したことを発端に地区組織不信から脱退等が表面化、35年から事態収拾の話し合いが重ねられ、昭和35年4月28日、同盟の解消、市町村29組織加盟による「北見地区農民組織連絡協議会」を発足。42年1月29日の定期総会で、農政転換実現要求と綱領が制定され名称を「北見地区農民連盟」に改称された。

北見地区農民連盟は、平成10年に組織結成50周年を迎えた。組織は、現在、市町村組織の合併等により、16市町村農民組織と地区連盟青年部で構成、今日に至っている。